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組織が嫌い。

最近、一緒にお酒を飲んだ人にはよくこう言っています。語弊があるので、どういうことかと説明しますと、どうも僕は「組織(特に大組織)」というものを信用できないものじゃないかと思ってしまっているのです。

組織ってやつはとても便利なものです。一人ではできないことも人数が集まればできる。さらに分業してやれば、効率的に結果を出すことができる。組織の力は本当に凄いです。

株式会社を日本で始めて作ったのが坂本龍馬だというのは有名な話ですが、社会に対して自分のやりたいことを説明してお金と労働力で応援してもらうってやり方は大発明だと思います。人間、集中してやった方が成果を出すってのはありますよね。大会社の社長が経理業務なんてしているヒマはないのです。役割分担。当たり前ですが物事をうまく運ぶためにとても重要なことです。

ところで、人間ってどれくらいの人数までなら組織としてうまくいくと思いますか?誰の理論か覚えていませんが、最大でも150人までなんだそうです。そこから、50人→15人→5人と関わりが深くなっていくそうです。

今、読んでいる「ナガオカケンメイの考え」という本の中でもありますが、基本的に組織というものは社会に対して設立者≒社長が実現したいことを実現するために存在します。だから、「組織で自己実現」という言葉は、そもそもの始めから破綻しています。もしあるとしたら、設立者≒社長の意思と自分の意思が限りなく近い場合です。 そういう人が社員だった場合、その人は評価されますし、社員にとっても良い会社と思えるでしょう。

組織はある程度の規模になってくると、「設立者の意思を通す」という目的だけのために存在するということはできなくなって来ます。150人を超えて、生活のために仕事をする人。割が良いからその仕事をしている人。別に組織の目的を達成することが社員の目的である必要はなくなり、結果として、「組織を維持すること」が目的の一つになってしまいます。

「社員が路頭に迷うから」「これをやるとあの人が困るから」

しかも、管理者もそうやって優しいことを言ったりするのでしょう。誰だって悲しい顔は見たくありません。でも、そうやっていくと組織が自己目的化して、もともと達成したかったはずの設立者の意思はどこかにいってしまいます。そうやって色んな調整に明け暮れた挙句、何も特色のない会社が生まれるのではないかと思うのです。

目的を達成するためには余計なものを捨てるという局面もあるでしょうし、誰かの意見を拒否しなければいけないことだってあるはずです。たとえ相手が今まで頑張ってくれた人でもそれは同じです。同じはずです。

別にそれが悪いとは思いません。誰しもが目的のために頑張れるわけではありませんし、生活は大事です。世話になった人に不義理はしたくありません。僕が組織が嫌いな理由はこれまで書いたことの中で二つあります。

組織が「設立者の意思を通すためのものであること」と「組織が大きくなると自己目的化してしまうこと」です。

まず、組織は「設立者の意思を通すためのもの」です。ですが、誰か知らない人の意思を通すために自分の時間を使うというのはなかなか納得するのが難しい。誰かが作ったシステムを回すのは大事なことですが、それを気に食うか食わないかは別の話です。そして、その気に食う食わないは会社の外からでは分からない。入ってしまってから後悔しても遅い。それを合わせていくのが大人なのかもしれませんが、どうもそれはウソ臭く僕には映ります。

「気に食わないなら変えればいいじゃないか」。優秀な人が言いそうな台詞ですね。組織を変えて、それでどうなるのですか。そのシステムは「設立者の意思を通す」という大前提のために作られたものです。この大前提は会社が無くならない限り変わりません。だって、そもそもそのために作られたものなのですから(念のため書いておきますが、今の会社のシステムを気に食わないと言っているわけではありません。我ながら悪くない環境で働かせて貰っていると感謝するくらいです。)

それでも。納得はしないでも将来は不安です。将来と今とを考えて、生活のために今の居場所に僕はいます。「組織が大きくなると自己目的化してしまうこと」。これも仕方ないことです。なんたってこういう事情があるからこそ、僕のような人間でも今の仕事をしていられるのですから。

ですが、僕は本来は仕事というものは、「自分がしたいことをどうやってしていくか」に尽きるのではないかと思っています。その「したいことを組織の目的と合わせて行けばいいじゃないか」と言われそうですが、できる人はしたら良いと思います。絶対にそっちの方が良い

けれど、合わせることができない人もいると思います。表には出さないけれども、仕事はちゃんとするけれども別にしたいことじゃない人なんてたくさんいると思います。では、そういう人が自分がしたいことでどうやって日々の糧を得ることができるようになるか。

それを見つけるのはすごく難しいです。そもそも「したいこと」って何なのか?あったとして、それで社会に価値を与え対価を貰うことができるのか。入ってしまった組織でいかにしてそれを見つけて育てるか。そもそも育てることなんてできるのか。

日々の生活のために僕は今の仕事をしています。そのスタンスは今のところ変わらない。だからと言って、仕事をテキトーにするわけではありません。任された仕事は責任を持ってやります。今の上司は尊敬する面もありますし、感謝することもあります。貢献できる範囲でならしたいと思っています。だから、自分が「仕事がデキる」だなんてとても言えませんが、それでもしっかりやっています。やっているつもりです。

今。僕は「面白そうだ」と感じたことにはとりあえず首を突っ込むようにしています。それが自分の納得できる方向につながると信じて。何となくその方向が分かりかけてきたところです。このブログを始めたときはもっと曖昧でしたが、その頃よりかは具体的になって来ました。出来るなら、自分の意思を通すための仕事ができるようになれるように。「これやれたら、面白いじゃん」を形にできる人になれるように。もっと足と手を動かしていきたいと思うのです。

少々、感傷的に書いた今の気持ちでした。…こんなこと書いて大丈夫かしら 苦笑

ちなみに組織のすべてが嫌いという訳ではありませんし、否定しているわけでもありません。今、その組織が存在しているとうことは何らかの意味があるとは思います。というか、僕のこの文章もロジックとして破綻している部分なんていっぱいあると思います。だから、何が言いたいかというと、僕は根本的に組織(特に大組織)に対して拒否感がある人間なのかもしれないなということなのです。

愚にもつかない思い込みに基づいたロジック。でも、それが価値観ってやつなんじゃないのかな―。こういうことは本来、大学生のうちに気づかないといけないことだと思います。いや、嘘です。気付いてました。ハッキリと。

でも、あのときは生活や家族とか彼女とかの今後を考えると、就職しなければいけないと思っていた。だから、無理やり頑張りました。今考えてもかなり無理していたと思います。そして、運良く給料は少ないながらも安定した生活を送れています。ところが、3年間勤めてあらためて最近思い知っているので、書かなければいけないと思ったのです。
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  1. 2012/09/25(火) 21:36:02|
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